さまざまな分野で活躍する方にお話を伺うインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは企業統治や女性活躍などの法務サービスを手掛ける「アムール法律事務所」で代表を務める弁護士の大渕愛子さんです。
木暮 大学在学中に司法試験に合格されたそうですね。早くから法曹界を目指していたんですか。
大渕 中高一貫の女子高で、のんびりした学校生活を送りました。高校生の時に、囚人を虐待していた刑務所の実態を弁護士が暴く映画『告発』を見て、孤独な人に寄り添う弁護士という職業に興味を持ちました。自身の知能や経験を駆使して脱獄を成功させる『ショーシャンクの空に』なども好きで、刑務所や法廷を舞台にした映画をよく見ていました。祖父が検察官だったことや親戚には法曹関係者もいましたので、親近感はあったのかもしれません。司法試験の受験勉強は、学校以外でやりました。集団行動が苦手で「レール」が見えると、つまらなく思えてしまう性分なんです。
木暮 中国へ留学したのもそうした性格から?
大渕 司法修習生の間に就職活動をするのですが、訪問先の法律事務所から「活躍の場がたくさんあるよ」と中国を海外留学先として薦められました。国際派を目指す若手弁護士に人気なのは欧米の法律事務所。そこでもいわばエリートの競い合いです。それより、もっと広い世界で価値観を広げて人と違うことをしたかった。それで中国にしたんです。即決でした。
木暮 国際弁護士の「王道」をあえて避けたわけですね。実際の中国はどうでしたか。
大渕 女性に発言力があり、働いてる方が多いのが印象的でした。自分を表現している人を目の当たりにして「もっと積極的になっていいんだ」と感じました。みなさん堂々とされていて、自信があふれ出ている。声も大きいんです。価値観が変わりました。日本にいたときに何となく抱いていた違和感の原因が分かった感じがしました。「正解を言わなきゃいけない」とか「出る杭は打たれるから目立っちゃいけない」といった空気です。中国の方と話していると、勇気づけられたり、強く自分を持てばいいんだなと思えたりしました。そうした経験を経て、人の目を気にする気持ちを払拭(ふっしょく)したいと常に思っています。
木暮 中国で働く日系企業の方に対する印象はどうですか。
大渕 企業間の交渉事になると、日本側が苦々しい思いをすることが多いようです。真面目にやってしまうんですね。中国企業は気にいらないと「やらない」というカードも出します。交渉も強い。多少は強気でいくべきだなと学んだりもしました。
木暮 僕は英語を話すときに人格が変わる感じがするんです。相手は主張するし、ロジカルに説明しないと納得してもらえない。
大渕 分かりますね。中国語を話す時は声も大きくなるし、押しが強いキャラになる。帰国してから中国進出を希望する国内企業や既に中国に出ている企業を担当していましたが、中国での経験もあって、独立したいと思うようになりました。自分が良いと思うことをやろうとか、自分で作りたい、といった積極性は中国留学と駐在がきっかけですね。独立してからしばらく中国関係の案件を引き受けていました。若くて勢いのある間に独立しないとタイミングを失うのではないかと。今も中国の仕事がずっと続いていますし、国内の案件もいただいています。全く想定外でしたが、ひょんなことからテレビ番組に出演させてもらえたりもしました。独立はしたものの、不安は常にあります。でも楽しい。独立して本当に面白いなと思うのは、仕事が入ってくる経緯が見えるところです。いただいた仕事によって、巡り合わせや自分の果たすべき使命を感じることも多いです。
同調圧力を乗り越えて
木暮 仕事の面白さはどんなところですか。僕らの仕事はITの開発系が多いんです。海外で先進技術に携われたり、実際に活用されていたりする場面に遭遇できる。そういう面白いプロジェクトに関わらせてもらえるのはすごく楽しい。なかなか進まないプロジェクトでも担当者と会って直接話すと、圧倒的に話が早く進みます。フットワークが軽くないと駄目だなと思っています。
大渕 弁護士は書いたり調べたりするデスクワークが中心で、ある意味では地味な仕事なんですが、結果を出すためにやるものですので、それも面白いです。個人的には意識して外に出るようにしています。人と会って、新しいもの、わくわくするものを取り入れるのも好きです。仕事は楽しくなければ意味がない、とも思ってます。もちろん苦しい部分はあるんですが「それも好きでやっている」と思えるくらいに、仕事が好きなんですね。
木暮 全く同感ですね。自分の大切な時間ですから、やるなら楽しい方がいいし、パフォーマンスも上がる。そういう雰囲気作りをしたいと思ってやっています。
大渕 ワクワクする要素を取り入れたいですね。日本には「我慢、我慢」を重視する文化もありますが、本当なのかな、と思うところもあって。同調圧力はあまり好きではないんです。内部通報の仕事をやっているんですが、会社で何か不正があるということを内部で声を上げたりすると、通報した人を村八分みたいに寄ってたかって排除しようとするような動きもある。一方で不正が明るみに出て「それは悪いことだ」とみんなが言ったら、不正した本人を一気にたたく。
木暮 同調圧力が働いて不正を糾弾できなかった事例は話題になりました。
大渕 不正が世に出る前の段階で、不正を知る人が少数派だと「内部通報した人が悪い」とされることがよくあります。そういう案件もたくさん見てきています。言いたいことが言えない人はまだ多いはずです。多くの人が泣き寝入りしている。
木暮 発言することで不利益を被るなら口をつぐんでしまいますよね。日本では管理職の方が研修を受ける機会は、まだ少ない気がします。僕らは今、会議をスムーズに進行し、分かりやすい議事録を作るアプリを開発しているんです。コンサルとして会議を進行する機会が多く、これまで中身が見えない「ブラックボックス」だったという感覚があったんです。アプリを使えば、会議中の発言内容が全て分かり、運営の透明性も上がる。部下を委縮させる上司がいればチェックできて人事評価にも役立ちます。
大渕 内部告発があっても社内調査をしなかったり、握りつぶしたりする姿勢の企業もあります。多くの企業がそうしたリスクを抱えているはずです。中国にいたときにコンプライアンスに関するマニュアルをよく作成しましたが、あれから20年近くたっても、日本の実態はあまり変わっていません。そうした日本の現状が特殊だと思えるのも、海外に目を向けて初めて分かることです。ずっと国内にいると気付きにくい。中国でも欧米でもどこでもいいのですが、外から見ることで日本を知ることができると思うんです。日本のグローバル化が進まないと言われて久しいですが、日本だと「あうんの呼吸」で、何となくできてしまう。ブラックボックス化しても、そのまま何となく通ってしまう。相手の国が違う場合は、そうはいかないですから。透明性を確保することは当然ですし、言葉で説得して相手を動かして結果を出す。海外では特にそうしないと評価されづらい。外国は結果が求められる分、仕事の能力が研ぎすまされますね。
木暮 内部通報については、企業研修など啓発活動をされていらっしゃるそうですね。
大渕 研修をしていても、まだまだ手ごたえが感じられないのが現状です。本当に参加者の心に響いて、みなさんに危機感を持ってもらえる研修をやりたいですね。