【第59回】「信頼と共感の空気をつくる」蔭山幸司さん

さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは、国土交通省の航空管制官として四半世紀にわたって活躍した後、人材開発や組織育成のコンサルティングサービスを提供する企業「Trust Walk(トラストウォーク)」を運営する実業家の蔭山幸司さんです。

木暮 浅草育ちだそうですね。

蔭山 みんなとワイワイやるのが好きで、学校から帰ったらすぐにランドセルを置いて夜まで遊んでいる下町のわんぱく少年でした。商売人の家系で、給料をもらう仕事に就いたのは私だけなんです。両親からは「景気の善し悪しはお前には分からん」と言われています。

木暮 浅草だと外国人観光客も多い。少年時代から海外への意識は芽生えやすくなりますか。

蔭山 当時はインバウンド(訪日外国人)に対する認識がなく、主に日本人観光客を相手にするという方が多かったと思います。海外を意識するようになったのは中学で海外留学生と交流するようになってからですね。交換留学制度を利用して日本で学びたい外国人を受け入れている学校に進学したのですが、日本文化を知りたい外国人が相手ですから中学生でもボディーランゲージを交えながら意思疎通ができるんです。教科書で学んでいた英語は、言語学というよりもむしろコミュニケーションのツールなのだと気付き、子どもながらに「話すってこういうことか」と初めて分かった気がしました。

木暮 中学生の時にその体験ができたのは良かったですね。

蔭山 文法的に正しく話そうと考えず、何も分かっていなかったのが良かったのでしょう。むしろ違いを感じたのは管制官として米国へ留学した時かもしれません。

木暮 社会人になってからの留学だったわけですね?

蔭山 20代の後半に米国の連邦航空局に「飛行経路(空の道)」の設計を学びに行く機会がありました。世界中から航空スペシャリストが集まってきて米国で研修するんです。

木暮 米国が業界をリードしていたからですか。

蔭山 これには背景があります。当時は航空システムが劇的に変わる過渡期でした。それまで飛行機は主にパイロットの技量に頼って飛んでいたのですが、その頃からGPS(全地球測位システム)の衛星を使った電波で機体位置を把握して飛ばす仕組みに変わりつつあり、米国は国連に採択されることを目指して欧州と主導権争いをしていました。現在は統一されていますが、当初は米国が世界中から航空スペシャリストを積極的に集め、国連に採択されたばかりの飛行経路の設計方法を伝授しようとしていたんです。

木暮 昔見た映画で航空機に偽電波を送って墜落させようとする場面があったような。

蔭山 「ダイ・ハード2」ですね。私も大好きな映画です。今は視界がゼロでも自動で着陸ができるようになっているので、そういった映画の設定は時の流れを感じさせますね。

木暮 事故は人が原因で起こる場合が多い印象があります。

蔭山 ヒューマンエラー(人的ミス)による割合が大きいです。事故が起きるときはエラーの連鎖が発生しています。そこで航空界ではヒューマンファクターを学び、ノンテクニカルスキルを磨く訓練プログラムを重要視しています。

木暮 ITのプロジェクトでも予期せぬことが起こりますが、原因の多くはコミュニケーションの不備によるものです。後で「言った、言わない」の議論にならないように、常に記録を残すのが鉄則です。

蔭山 航空の世界では「あうんの呼吸」を敢えて排除するようにしています。チームで働くようになるとお互いの考えが分かり始めるのですが、必ず言葉に出して見える化し、コミュニケーションエラーを防いでいます。

木暮 あうんの呼吸は「悪」とみなされる?

蔭山 「あうんの呼吸」にも良い部分はあるのですが、あえて排除する、という意味です。パイロットは管制官からの指示を必ず復唱します。双方のやり取りは周波数を共有している別のパイロットも聞けますから、エラーが起きた時に気づいて指摘することもできます。作業するのは人間です。エラーは悪でありません。エラーを断ち切る役割を全員が受け持つ、というのを強く意識します。

木暮 すべては安心安全のため、ですね。僕たちの仕事もスタンドプレーになりやすい面もあるので、みんなで確認しながら進めるという姿勢が必要だと反省します。

蔭山 より高い安全性を求めるからこそ、そうした考えは排除する。これは国際標準でもあります。緊急時を除けば、英語での会話もお互いが聞き取れるスピードを心掛けます。

木暮 なるほど。標準化されるわけですね。

受け継がれる高いモラル

木暮 管制官の魅力はどんなところですか。

蔭山 華やかなパイロットとは違って「縁の下の力持ち」の地味な役回りですが、乗務員やグラウンドスタッフのほか整備士を含めたチームの一員として動くのが好きなんです。

木暮 プロジェクトマネジメントも、メンバーが一丸となって取り組む「文化祭」を運営するイメージで臨むことがあります。

蔭山 飛行機が滑走路に向かう際に、整備士の方が手を振って送り出してくれますよね。あれはお客さまを見送りながら、パイロットに対しても「バトンを渡します。あとは任せました」というメッセージを送っているそうです。パイロットも「飛行機を預かります。任せてください」と必ず手を振る。こうした「見えないバトン」が世界中の空港で渡されているんです。飛行機に携わる仕事はそれぞれ担当する範囲が決まっていて、必ず次へ手渡さなければなりません。各自が自分の役割を完璧に果たそうという気持ちが生まれます。

木暮 これぞチームワークですね。

蔭山 整備士とパイロットが手を振り合う例を出しましたが、新人管制官には「自分の空域だけ良ければ大丈夫という考えではなく、周りも良くなるような仕事を心掛けて」と伝えていました。航空スペシャリストたちは高い自己規範や倫理観、向上心といった「エアマンシップ」と呼ばれる心構えを大事にしています。東日本大震災が発生した直後は、欧米路線の到着がピークを迎える時間帯だったのですが、海外のパイロットは日本の管制官が公正であることを信頼した上で、お互いに正確な情報をシェアしたといいます。そうした事実があったことを知ったのは発生から時間がたった後でしたが、日本の航空管制を信じてもらえていたことが分かり、とてもうれしく感じました。

 

チームマネジメントについて語る蔭山さん=本人提供
チームマネジメントについて語る蔭山さん=本人提供

 

木暮 普段からの信用が大切ですね。

蔭山 航空の世界が高いモラルや向上心を共有できる理由をよく聞かれるのですが、何か見えない空気のようなものによって受け継がれているように感じます。文化として根付いていて、日本以外もそうなのだと思います。私も先輩方から預かったバトンを後輩たちに渡してきました。航空業界には「絶対的な安心・安全の実現」という共通の目標があります。すべての航空スペシャリストたちがその1つの旗のもとに集っています。

木暮 共通の目的がある

蔭山 それは本当に大事だと思います。世界中の国がそれぞれ違っていて当然。文化も異なるわけですから。お互いの違いに注目するのではなく、必ず重なる部分があるはずだと考える。それぞれの円が重なり合った部分に注目し、多様性を認めつつ重なった部分を少しずつ育てていくことが大切です。

木暮 辛いことはありませんでしたか。

蔭山 米国留学中はカルチャーショックの連続でした。飛行方式設計者が設計する「空の道」には唯一解というものはなく、設計者の個性が出ても構いません。大事なのは設計に至った理由です。ただ何となく、では命を懸けて飛行機を飛ばすパイロットへの説明にはなりません。そうした訓練や航空管制官の業務の中で、選択や結論の理由を常に考える習慣がつきました。それからクラスメートにも助けられました。各国から集まったのはベテランの航空スペシャリストばかり。日本から来た最年少メンバーという自覚があったため、後方から様子を眺める感じで講義に参加しようとしていたのですが、先生やクラスメートから「コージ、前に座れ」と言われたり、グループ発表の時も「コージがやれ」と背中を押してもらったり。

木暮 「若手を育てよう」というクラスの意思を感じます

蔭山 経験を積むことで多少の度胸もつきました。みなさんに育ててもらいました。

木暮 素敵な出会いですね。

蔭山 仕事が大変な時もありますが、苦労は必ず役に立つと考えています。若手のうちは上司の決裁を取るのもひと苦労でしたし、先輩の指摘が厳しくてめげそうになることもありましたが、それが自分を育ててくれたということがだんだん分かってきます。若い時の苦労は後から効いてきます。3回の脳梗塞を経験したことで、怒ったり腹を立てたりすることもなくなりました。「人間、万事塞翁(ばんじさいおう)が馬」の境地に達しているのかもしれません。

木暮 現在はコンサルタントとして活動されています。

蔭山 役所で働いていた当時、訓練教官としての経験や産学官の連携事業に参画する中で、人を育てる重要性を実感しました。航空業界でこれまで培った組織運営のノウハウを少しでも役立てたいと思い、管制官を「卒業」しました。人材とは「人財」、教育とは「共育」との思いから人財共育として「空のチームマネジメント®」をご提供しています。これをひとりでも多くの方に届けられたら航空の世界への恩返しになるのでは、と思っています。(おわり)

 

 

 

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