【第13回】「思い込みを捨てる」羽田賀恵さん

さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは、証券会社勤務を経て渡米した米国で起業に目覚め、帰国後に設立した会社で現在は天然由来の入浴剤ブランド「CLAYD(クレイド)」を展開する実業家の羽田賀恵さんです。

 

木暮 お目にかかるのはチョコレートを販売されていたころ以来ですね。

羽田 野村証券に7年間勤めた後、ニューヨーク駐在員の妻として渡米したのですが、仕事がしたいという願望が芽生え、5年間の滞在中は学校で薬草やオーガニックの知識を学んだり、オーガニック料理のレストランでインターン(職場研修)をやったりしていました。人生を自分でつかみたい思いがあって、離婚し帰国したころにお会いしたのだと思います。小さいころからアレルギー体質で、オーガニックやビーガン(菜食主義)を通じた治療方法を学んでいた中で、とあるオーガニックの交流会で意気投合した米国人姉妹と2010年からローフード(非加熱処理)のチョコレートを販売していたところ、翌年の東日本大震災で2人が帰国してしまいました。

 

木暮 代官山のお店は洗練された雰囲気でした。

羽田 高価なチョコを売っていましたが、地代も高く、オーガニックのため材料も安くない。マーケットも小さいし、私の力も足りなかった。東日本大震災が起き、パートナーだった姉妹も放射線を敬遠して帰ってしまいました。そんな折、ニューヨークで師事していた米国人の友人が「クレイ(泥)が放射線物質を吸着する」と絶妙なタイミングで連絡をくれたのです。

 

木暮 どういったビジネス戦略をとったのですか。

羽田 クレイの販売ではミラクルが続きました。証券会社時代にマーケティングを学んでいたこともあり、「お客さまにどう話すか」のノウハウが活きたのです。チョコレート販売で苦い経験もしましたので、勉強もしました。マスに伝わるフレーズを考える中で、知遇を得ていた某メジャーロックバンドのリーダーからアドバイスをいただき「温泉を超えた入浴剤」というキャッチコピーが生まれました。これはイケると。

 

木暮 偶然がつながるという「必然」だったのかも。

羽田 仕入れについては世界中のクレイを取り寄せて自分の体で試し、アレルギー持ちの私に合う西海岸産の特別なクレイに出会いました。放射性物質への意識の高まりから主催したデトックスのセミナーで紹介していくうちに商品化の必要性を感じるようになり、6年前から販売を始めました。

 

木暮 デトックスセミナー?

羽田 自然療法で自らのがんやアレルギーの症状がなくなった経験から、私の使命は自然に寄り添った生き方を伝えることだと思っていました。泥を使ったクレイセラピーもデトックス療法のひとつ。渡米したころから「自分にしかできないことを果たし、心を満たして生涯を終えるには」を自問していた私にとって、これこそが使命だと思えたのです。

 

木暮 私の大好きな坂本龍馬の言葉「世に生を得るは事を成すにあり」を思い出します。幸せですね。

 

羽田 楽しくて仕方がないです。だからミラクルが起こるのかもしれません。

 

木暮 事業のほかに幸せなことはあります?

羽田 ライブハウスでロックを聞くのが楽しみ。同調社会への反発や「自分は自分でいたい」というロックの精神に引かれます。私もニューヨークで「日本的な抑圧から解放された」と思えた。私自身になりたかったのです。

 

木暮 どういう時に違いを感じましたか。

羽田 誇らしそうに手をつなぐ同性カップルや、カフェで気軽に政治談議する若者を至る所で目にしました。食事の好みを細かく注文するとか。「空気を読まなくていいんだ。自由でいいんだ」と。それまでの自分は「控えめな生き方」が得意になっていたんですね。今は両方の気持ちがよく分かります。

 

木暮 折り合いを付ける場面もありますか?

羽田 毎日がその連続です。米国の取引先と日本のスタッフとの間に入ったり、フランス人のコンサルタント兼システムエンジニアの意見を日本人社員に通訳したりするときなどがそうです。

 

木暮 その場合は日本人に折れてもらう?

羽田 お互いの方向性は同じなのに、思い込みやボタンの掛け違いも多いように感じます。日本人には「言葉の壁もあるし、繊細な感情は伝わらない」という意識があるようですが、決してそうではありません。

 

木暮 率直に話せば通じる?

羽田 意見の隔たりは日本人同士でもよくあることなのに「外国人だから、もういいや」とあきらめてしまう。これは思い込みです。お互いの繊細な部分も丁寧に伝えあえば、ちゃんと伝わるし、分かり合える。言いたいことを飲み込んで禍根を残すよりもひとつひとつ片付けたいです。

 

 

木暮 ステレオタイプや思い込みの解消は根深いテーマです。

羽田 無意識の場合もありますからね。

 

木暮 これまでで失敗はありますか。

羽田 今まで失敗したことないです、と言うと誤解されそうですが、苦労することはすべてまだ自分に足りていない課題。だから、失敗はバージョンアップの大チャンスだと思っています。バグ(不具合)が早く見つかってよかった!みたいな。そういう意味では、毎日が失敗の連続でもあり、それが成功につながる作業でもあります。

 

木暮 立派なお考えです。

羽田 米国で「議論を交わすことに対する感覚の違い」を実感したのが大きかった気がします。渡米初期のころ突然、父親に対する思いを聞かれたのですが、何も答えられずショックでした。自分の意見を持っていなかったのです。質問した相手の方も、答えに窮する私に当惑していました。こんな簡単な質問に答えられないのですから。これは「私が日本人だから」起きたのだと気付きました。日本の教育では「あらかじめある答えを出す」ことがメーン。思うことを自由に伝えたり、議論する機会が少ない。「正しいひとつの答えが存在するわけじゃない」ということも米国に来るまで知りませんでした。

 

木暮 よく分かります。米国の高校に留学した当時、授業で太平洋戦争での日本の激戦地が答えられなかったことがありました。答えを知らないし、意見も言えない。一方で米国人学生は誤答だろうが、実にあっけらかんとしている。そうした経験を活かされたわけですね。今後はどういった事業展開を?

羽田 これまではハイエンド層をターゲットの中心に据えてきましたが、年内をめどに、いよいよ本来の目的、ナチュラルなライフスタイル提案と共に、より多くの人に知ってもらいたいと考えています。

 

木暮 一般に「オーガニック製品は高い」というイメージがありますし、日本には高価なものを愛用しているのを公言したがらない人もいる中、これは挑戦ですね。

羽田 ブランドに新しい命を吹き込む「第2創業」といった感じです。やりがいがあります。

 

木暮 利益最優先ではなく何をすべきかを常にお考えで、人との結びつきも大切にされているようですね。

 

羽田 肩書きや名声を通して人を見るのでなく、人の独自の才能を見分けて、そこに引かれます。いろいろな人と接してきたから見えるようになったのかもしれません。素晴らしい人に巡り合えることが多く、人間関係に恵まれています。

 

木暮 素敵な人に囲まれていると言えるのは素晴らしい。外国人とやり取りする上での秘訣はありますか。

羽田 文化や言葉の違いは「壁」にはなりません。相手に対するリスペクトと情熱さえあれば、たとえ言い間違えても思いはそのまま伝わるものです。大丈夫、つながれます。(おわり)

 

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