さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは国連開発計画や国連人間居住計画など人道支援の第一線で活躍し、2006年からは国連世界食糧計画のスーダン事務所長として3千人の陣頭指揮を執るなど紛争地域での難民支援に努めた元WFPアジア事務局長の忍足謙朗さんです。
木暮 帰国されて6年ほどたった日本にどのような印象をお持ちですか。生と死の境を感じながらの現場と比べると平和すぎますか。
忍足 いやいや、そんなことはないですよ。日本に長く住んでいませんでしたから、新しいチャレンジもあります。WFPではスタッフの誰かがどこかで危険と直面しているかもしれない、と想像しながら仕事をする場だったことは確かです。2005年に赴任したスーダンは当時最大規模の3千人を抱える大所帯で9割が現地スタッフ。部下の国籍は77カ国にも及びました。
木暮 その国籍数は過去のゲストで最多です。日系2世だったお父さまの影響で海外を意識されたのですか。
忍足 幼少時からインターナショナルスクールで教育を受けていたのは特殊かもしれませんが、将来については何も。高校までウッドベースをやっていましたから音楽の道も、と思いましたが、めしは食えてなかったでしょうね。
木暮 過去には「生まれ変わってもこの仕事がしたい」と発言されています。
忍足 自分に合っていたとは思います。変な言い方ですけど、人助けしてけっこういい給料をもらっていましたし。
木暮 国連は給与額が公開されていますものね。外交用の赤いパスポートも素敵です。
忍足 国連パスポートは途上国の係官には割と知られているようですが、先進国の入国審査官は案外知らないんじゃないかと思いますよ。国籍も書かれてないから、どこの国の人か分からないですよね。
木暮 外から日本を見て、どうお感じになっていましたか。
忍足 40年間ほど海外に出ていたのですが、日本に帰ってきてから駅構内や路上でも注意書きがたくさん見られ、「ルールが多いな」といった発見はありました。一方で住民票や健康保険の申請といった行政手続きは簡単で便利だと思いましたね。
木暮 日本は個人の力が弱くなっているという指摘もあります。
忍足 それは感じます。就職活動でみんな同じ格好をしている。僕が面接官なら個性を出してほしいと思いますね。
木暮 WFPでの日本人採用は増えているんですか。
忍足 僕が入った当時は4人くらいだったんですけれど、今は80人くらいいるそうです。
木暮 忍足さんの背中を追いかけた人もいるのでは?
忍足 僕を扱った15年くらい前のドキュメンタリー番組を見た当時の高校生が後にWFPに採用されたそうです。テレビの力ってすごいですね。
木暮 将来をイメージしたい若者にとってはテレビも重要な情報源ですからね。
忍足 そうですね。都心の大学で講義するよりも中学生や高校生や、あまりグローバルな教育が進んでいない地域で話す方が「へえ、こんな仕事があるんだ」と興味を持ってくれて楽しいんです。
木暮 若い方の反応はどうですか。
忍足 国際協力とか国連に興味がある学生は、昔と比べたら勉強しているし知識もあって吸収も早いです。でも全体的に見ると日本の若者は内向きになってきている傾向みたいですし、国連に応募する人の数も留学生も減っていますよね。
木暮 海外が当たり前になりすぎたのでしょうか。
忍足 外国への憧れとか冒険心がなくなってきているのかも知れません。メディアの影響もありますね。「日本が1番」「クールジャパン」とか。日本がベストではないのだけれど、そういう印象を与えてしまうと海外に向かう意味が分からなくなってしまう面もあると思うんです。
木暮 グローバルの話題でよく出るのが「英語」。言葉をネックに感じる日本人もいます。
忍足 持論ですが、別に英語ができなくてもグローバルな感覚は持てると思っています。意識として「世界の市民である」「世界がつながっている」と理解するのがグローバルなんだと思います。経済も環境もテロリズムもコロナもそうですね。世界はつながっていて、その中の一市民であるという感覚を持つのが大事です。商社マンや外交官のように日本の利益につながる仕事も大事ですが、日本を基準に考えるのはグローバルではない。
木暮 その通りですね。奇妙な言い方ですが「つながる」という感覚はコロナ禍で生まれたかもしれないですね。
忍足 コロナが2カ月足らずで各地に広がったのは、いかに世界が小さくてつながっているかを証明したようなものです。理由は残念ですが、それを感じてくれたらいいなと思います。
木暮 人の交流も生まれる一方で、企業の中には日本の基準も残ってしまう。外国人のことを「だめだ」とか「気が利かない」と嘆く人の姿も見てきました。
忍足 「日本人」や「日本企業」といった意識を持たない方が良いような気がします。お国柄みたいなものはありますが、ステレオタイプでもあり、個人差もあります。文化も違う人たちが1つのチームになり同じ目標に向かって、時に大変な状況の中で仕事するというのは非常にやりがいがありました。英語で「People are more similar than different(人間は違いよりも似ていることの方が多い)」という言葉があるように、そこから始めないといけませんね。国連の仕事では戦闘に巻き込まれたり、誘拐も十分あり得るような危険な場所に行くこともありますが、その時でも必ず仲間が助けに来てくれるという信頼はありました。
木暮 お互いがライフセーバー。
忍足 そうです。そこに国籍は関係ない。軍隊がそういうカルチャーですね。死体になっても絶対に連れて帰る。世界に軍隊はありますが、WFPはそれが多国籍で丸腰。
木暮 紛争地に対する援助に平均17年という期間がかかると聞きます。援助する側にも憤りはあるでしょう?
忍足 もちろんあります。難民が何十年も暮らすキャンプに行くわけですから正直なところ「いい加減にしてくれ」と。ただ、紛争解決には直接手を出しません。人道支援の原則は中立や公平です。根本の問題に関与しないフラストレーションはありますが。
木暮 神経を使う交渉も経験されましたね。
忍足 テレビ番組では偶然うまくいった場面が放映されましたが、そうではない場合もあります。ただ、相手の立場にかかわらず同じ目線で話す事は大事にしていました。下からお願いするでもないし、上からの命令でもない。同じ目線。普段の仕事でもそういうスタイルです。
木暮 簡単なようですが、難しいことですよ。リーダーとしての人間力についても強く説いていらっしゃいました。
忍足 仲間がついてきてくれることがものすごく大事。簡単にいうと「上司より部下に好かれたい」。それだけなんです。WFPのローマ本部にいる数人の上司に嫌われてもスーダンの3千人に好かれた方がいいという考え方。部下3千人が後ろに付いていると分かると上の人も怖がるんです。
木暮 皆に好かれたいと思っても、賛同しない部下もいませんか。
忍足 全員が素晴らしいメンバーとは限らないですよね。大事なのは、チームを壊されないようにすること。個人のレベルで仕事ができないくらいなら気にしません。もし本当に困ったら配置換えもありますし。
木暮 チームは「生き物」みたいなものですから、全体が悪い方向に向かうのは避けたいですよね。
忍足 現地スタッフと国際職員が対立することはあります。現地の言い分には耳を傾ける。国際スタッフも現地スタッフも1つのチーム、ファミリーとして気持ちよく仕事してもらうのが何よりも大事です。
木暮 ご著書でも強調されているように「Do the right thing(正しいことをする)」と「Do things right(物事を正しく行う)」とは違うということですね。
忍足 先輩から聞いた言葉です。緊急事態ではルールを破ってでもやらなければいけない。現場主義です。
木暮 今後は?
忍足 大学生だけでなく、現役中学生や高校生にも話をしたいですね。海外に興味を持つ若い人が出てくるのでは、と期待しています。また「グローバルな考え方」も知ってもらいたい。たまに「なぜ自分と直接関わりがない人の為に命を張れるのか」と学生から聞かれるのですが、そういう時は「じゃあ、あなたにとって関わりがある人はどこまで?」と聞き返す。遠いから関係ないという場所はないですよね。海も空もつながっているから環境の問題もある。コロナもそうです。もう全部つながっているわけですから。(おわり)