【第62回】「上司もホウ・レン・ソウ」高橋裕幸さん

さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは大手建設会社「竹中工務店」で常務執行役員を務める高橋裕幸さんです。

 

 

 

 

木暮 海外赴任で力を入れられたのがリスク管理だそうですね。

高橋 米国滞在中はロス暴動がありましたし、タイ赴任時には首相と反首相派が衝突した時期もありました。旅行者や留学生ほど危険に遭遇することはないとはいえ、駐在員にもリスクはあります。萎縮する必要はないのですが、出発前に多少は心構えとして用心しておくに越したことはないですよね。ハワイとロサンゼルスとタイに駐在したというと、同僚からはうらやましがられるのですが、ハワイには有毒なムカデがいて、刺される場所によっては死に至ることもあるリスクをほとんどの人は知りません。ロサンゼルス駐在時には幼児誘拐の話をよく耳にしましたし、タイは交通事故のリスクが高いとされる。現地で採用されて喜び勇んでハンドルを握るタイ人の運転手さんに「チャー、チャー(ゆっくり、ゆっくり)」と何度もお願いしましたよ。怖いですから。

 

木暮 現地に行かないと分からないお話です。

高橋 そうですね。バンコクにしてもロサンゼルスにしても無事に日本に帰ってきた時は喜ばなくちゃいけないですね。

 

木暮 「海外で働く」という意識についてもお考えがあるとか。

高橋 謙虚な気持ちで働く人が少なくなっているのかもしれません。とりわけ建設業界は実際に物を建てて成果がはっきりと分かります。そのためか「俺たちがお前たちの国を助けた」などと勘違いする人もいる。現地で仕事をする人たちに繰り返し説いてきたのは請負企業への支払いは厳守すること。工期が終わって、ある程度のものが出来上がったら品質を問わず契約に基づく代金は支払いなさいと。問題がこじれると不信感を買って命を落とす可能性もありますから。現地スタッフに対する態度も重要です。運転手へ暴言を吐くなど目に余る人には帰国してもらったこともあります。厳しく処分します。現地では異国の人間である日本人が「仕事をさせていただいている」という意識が大事です。

 

木暮 外国に初赴任する人には「相手をリスペクトする」とか、事前に念押しすることもありますね。契約書をめぐっても海外ではご苦労されたようですね。

高橋 管理部門の大事な仕事のひとつに契約書の内容チェックがあります。署名した書面を必ずコピーしてから相手方に渡すことを徹底させていたはずが、気が緩んだのか署名しないで相手へ送ってしまったことがありました。サインして相手が送り返してきた書面は契約額が巧妙に偽装されていました。日本では考えられないことが起こるわけです。弁護士は「裁判で必ず勝てるが結果が出るまでに2~3年かかる」と言います。ビジネス的に数億円の損失が出そうになり、大変往生しました。相手との厳しい交渉が数カ月続きました。

 

木暮 契約社会といってもそれほど安全ではない。訴訟に発展することも。

高橋 特に労務関連の訴訟に苦労しました。普段はとてもやさしく優秀なのに、配慮を欠いた扱いを受けたり尊厳を傷つけられたと感じた途端、会社に牙をむくような従業員もいました。まずは人間としてリスペクトするところから始めないと、問題を収束させるのにかなりの労力を要します。

 

木暮 期日こそ大事な場面もあります。

高橋 バンコク赴任時代には退職金制度を整備し、在職期間が長いほど会社からの積立金が多くもらえる仕組みにしました。年金の会社積立分の損金算入が認められる特例があったのですが、なかなか政府の承認が得られませんでした。他の書類と一緒に山積みされていたらしく、もうだめかと思っていたら期限最終日の12月31日に書類にハンコを押していただき何とかスタートしたことを覚えています。その効果もあってか離職率が改善したこともありました。海外にいる間に何とか状況を打開しようと、関係者にヒアリングを重ねました。

 

木暮 優秀な人に続けてもらうことは大事です。辞めてしまったら最初から教育しないといけない。

高橋 タイ駐在時は比較的自由にやらせてもらえました。印象的だったのはタイ人従業員の代表と現法取締役メンバーによる社内組織「ウェルフェア・コミッティー(福利厚生委員会)」を発足させたことです。3カ月に1回のペースで昼食会を設けてから、職場環境の改善について話し合いました。従業員の要望もしっかり吟味しますが、受け入れられないものはキッパリと拒否しました。

木暮 やらないことをはっきり言う。

高橋 そうですね。彼らも一度断られたら潔い。話を蒸し返したりしない。一方で、委員会で決定し、経営陣が承認した内容は必ず期限も決めて実施しました。お互いの約束ですから。

 

木暮 労組結成の動きに神経をとがらせる日系企業の話をよく聞くものですから、現地従業員を交えた社内組織を容認する姿勢は斬新です。

高橋 法律で結成が義務付けられている国もあります。担当者に聞くと、それが契機となって労使交渉できる場が生まれて良くなったといいます。現場と会社の話し合いの場は必要です。

情報は部下にも

木暮 帰国後に経験談を共有される機会はありますか。

高橋 いったん国際部門から離れたのですが、ありがたいことに話を聞きに来てくれる後輩とは食事をしながら情報交換しています。

 

木暮 挫折も味わったとか。

高橋 タイに赴任するにあたり上司から「望みだった国際部門に骨を埋めてもいいぞ」と言われたのに、着任から3年弱で人事部門に復帰する辞令が出て一瞬がっかりしました。海外駐在員の労働時間の長さが問題視されたことがあり、労務管理について自分なりに意見したときも上司からすごい剣幕で怒られたり、定年後に再雇用する人の給与形態をめぐっても、現場の聴き取り調査や検証を踏まえた手法の導入を提案したのですが採用してもらえなかったりしました。信念を持って対応していましたが、成果はなかなか出ませんでした。しかし、はっきり意見する態度については指示が明確で分かりやすいと部下から励まされました。

 

 

木暮 ご自身のリーダー観についてはどうお考えですか。仲間を率いるときに気を付けていることはありますか。

高橋 弱みや失敗も見せることでしょうか。知らないことは「弱み」ではないのですが、専門的なことは担当している部下に尋ねます。聞き方は難しいですよね。理解できている部分は伝えつつ「ここが分からないから先に進めないんだよね」と言うと「しょうがないなあ」という感じで教えてくれるんです。どこが分からないかを伝える。情報をもらえれば判断しやすくなるわけですから。

 

木暮 聞き上手なのでしょうね。

高橋 外国人とも仕事のやり方で衝突しそうな場面があるわけです。そこも一方的に主張しないで、お互いにしっかり話すようにしています。

 

木暮 気を付けていることは?

高橋 後輩たちに話すのですが、部下からの「ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)」が欲しいなら上から下へのホウ・レン・ソウが大事。雑談も交えながら10回報告すると、うち6回ぐらいはホウ・レン・ソウが戻ってくるんです。上に立つ人の「特権」が何かというと、それは「情報が入ること」なんです。自分だけの宝として独り占めしている人も多いように感じます。品質や納期に問題を抱えて赤字続きだった海外拠点の立て直しのため、後輩を日本から送り込んだところ、みるみる業績が改善したことがありました。後輩が何をしたのかというと、スタッフに何でも話すようにしていたんです。例えば役員が日本から出張に来るたびに現地スタッフを紹介する。英語が話せなくてもかまわず交流させ、最後に記念撮影までさせていた。スタッフから全幅の信頼を得ていました。

 

木暮 いい話ですね。エピソードに愛を感じます。

高橋 愛があるといいのですが、海外を含め国際部門に在籍していた時期は長くないので未練があって。海外の連中を応援したいんです。

 

木暮 海外業務に関しては、昔と比べて変化を感じることはありますか。

高橋 現場を経験してきた社員が成長しているのは嬉しいのですが、それは「優秀な作業所長」としての評価。現地法人を率いる代表として乗り込むとうまくいかない人も多い。組織人として「全方位」で見る力で物足りないように感じますし、リスク管理に関していうと、より敏感に危険なにおいをかぎ取る能力が必要。現場の声は偏ることもありますし。人も資源も限られる中で納期を守ろうとすると今までのやり方を転換する必要が出るでしょうね。

 

木暮 今後の目標は何でしょう。

高橋 仕事を整理するための時間を毎週15分だけ「内省タイム」として設けて、前週に何がうまくいったのかを検証し、翌週のスケジュールを立てる。すると労働時間が2時間も減ると聞いて始めています。これがなかなか良いんです。直近では人事部門をはじめとした企業文化も変化が必要だと感じています。人事部にとって自社の従業員は「お客さま」であり、彼らの仕事をしやすくするのが人事の職務なんです。人を動かすというのはその人の人生を変えてしまう可能性がある大事なことですから簡単に考えてはいけない。異動が比較的少ない会社なため、人事命令とはいえ実現が難しくなっている。この問題には専門家の先生に相談しながら、強い危機感を持って臨んでいます。(おわり)

 

 

 

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