【第66回】「歴史を学ぼう」磯部功治さん

さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは英国の会計事務所「SIDIKIES Chartered Accountants(サディキズ会計事務所)」ゼネラルマネジャーを務める会計士の磯部功治さんです(「世界ランダム研究会議」)。

 

 

 

 

木暮 大阪で生まれ育ったそうですね。

磯部 長居公園や住吉大社の近くで育ちました。高校を卒業するまでは、大阪が世界の中心だというぐらいの感覚でした。海外どころか別の場所へ移ろうという発想すらありませんでした。実家が動物病院をしており、跡を継いで獣医になるべく関東の大学に進学するため、18歳で1人暮らし。父の母校でもある地元の大阪府立大に行ければよかったのですが、英語に足を引っ張られて平均偏差値がぐんと下がる。現役合格を目指して受験科目を減らし、私立を選択。理系大学なのに英語が必須科目でした。

 

木暮 英語は苦手だったんですか。

磯部 中学の時には英語が嫌いなことをアピールするために、ドイツ語の本を学校に持っていって先生と交渉したぐらいです。「なぜ外国語といえば英語なんだ」と。英語の無い世界でなんとかして生きていきたいと思っていました。

 

木暮 働き掛けてみようという行動力がすごいですね。

磯部 与えられた環境に対して「どうしてこの勉強なのか」「このルールを守らないといけないのはなぜなんだ」と常に疑問を持っていました。納得するまで絶対やりませんでしたから、扱いにくい生徒だったでしょうね。

 

木暮 何がきっかけで英語に目覚めたんですか。

磯部 獣医を目指して大学に入りましたが、疑問があっても先生からは「とりあえず暗記して」と言われて消化不良でした。ところが法学部の先生方は質問したり、持論をぶつけると「おお、いいところを見つけたね」と評価してくれたり、いろんな考えを出してくれて面白かった。そのまま税務の勉強を大学院で続けることにしました。ところが、受験科目には英語があるんです。

 

木暮 逃げられませんね。

磯部 また英語。もうこれは腹をくくってやるしかないだろうと。単語帳を開くと吐き気がするぐらい。嫌いになりすぎて体が拒否反応を起こしている。ただ当時は、米国で同時多発テロ事件が起きた直後で「これは海外に行くチャンスかもしれない」とも思いました。

 

木暮 チャンス?

磯部 巻き込まれる危険があるから渡航はやめようと普通は思うのでしょうが、テロ事件の影響でむしろセキュリティは強化されるはずだと思ったんです。

 

木暮 なるほど。それは一理あります。

磯部 海外には行ってみたかったんです。小さい頃から歴史や地理が好きで、3歳の時に見た世界地図の国境線が真っすぐだったりギザギザになっていたりするのが不思議だった。それがきっかけで国の成り立ちに興味を持ち始めたら、意外とのめり込んでしまった。

 

木暮 国境線の形の違いから海外に興味を持ったわけですね。

 

磯部 歴史的な背景があったに違いないという推理から、探究心が湧いた。欧州の歴史を調べるとドロドロとした人間関係や最も人間の業(ごう)の部分が出ていて面白い。

 

木暮 英語を使う環境にあえて身を置いてみたのですね。

磯部 海外の英語学校では中レベルのクラスに入れた。日本の英語教育はすごいなと思いました。例えば、南米の学生は英文法が苦手な人が多い。でも動詞の変換を気にせず堂々と話す。学ぶ順番が違っていたんだと気付きました。帰国後は英会話学校に入り浸りました。3歳児の気分で教科書を反復し毎日レッスンを受け続けたら、先生が何を言うかまで読めてきた。暗記を超えてもう感覚で話せるレベルです。3カ月でペラペラになりました。

差別化戦略

木暮 帰国後は再び海外で経営学を学び、さらに会計分野の仕事に就く。

磯部 首尾一貫していないですよね。英国の大学院卒業後は現地でマーケティングに携わったのですが、その分野は英語を自由自在に駆使できるネーティブスピーカーが強かった。競争も熾烈です。自分の商品価値を差別化するための戦略が練りづらい。ところが会計の世界だと、その道ひと筋のすごい人はいるもののマーケティングもできる人は、ほぼ皆無だったんです。

 

木暮 専門分野の組み合わせを考えたんですね。

磯部 そこで会計事務所としての差別化を模索していた今の所長と出会ったわけです。

 

木暮 実際に入られてどうでしたか。

磯部 入所3年目ぐらいから積極的に営業できるようになりました。現地の日系企業をターゲットに価格以外の部分で差別化を図りました。セールストークをしたり業界の裏話も話しましたから、会計業界にはあまりいないタイプだったでしょうね。ありがたいことに、そんな異端児を気に入ってくださる方もいて、顧客が増えていきました。

 

木暮 差別化が成功。

 

磯部 経営学を学んだ経験もあるので、ビジネス側の見方もできるのかもしれません。英国に赴任されるのは日本で業績を上げた優秀な人ばかりですが、人手が足りないため給与計算や帳簿記帳の管理もする。こうした仕事は時間もかかるしストレスにもなるので、もったいないなという気持ちが強い。これだったらご自身でされた方が安いとか外注した方がいいとか、報酬料や業界の平均価格まで明かす。

 

木暮 会計の数字には会社の特徴や哲学のようなものが現われるとすると、英国で日本人がうまく運営している組織に共通点はありますか。

磯部 日本の本社と現地法人は「親と娘」のような関係をイメージするといいかもしれない。親としてお金は出すから、やりたいようにやってみろと。そうすると現地は伸び伸びする。一方、外出を問いただす親のように本社が細かく管理しようとすると現地は窮屈に感じてしまうことはあるようですね。成果が出ているところは現場に裁量があります。

 

木暮 個人のレベルではどうですか。

磯部 誤解を恐れずに言えば、作法や振る舞いだけの「中途半端な英国人」にならずに、日本人で通す方がいいですね。

 

木暮 英国人から見れば「日本人というアイデンティティがあるから、それで十分じゃない?」という感覚ですか。

磯部 日本人のアイデンティティは弱いと感じることがあります。相手と議論する時にどれだけ自国の歴史を知っていて、日本についての質問にしっかり答えられるか。日本の歴史を踏まえて意見できるかが大事。「知らない」とは言わない。「意見が無い」だけでは弱い。

 

木暮 歴史好きが生きるわけですね。

磯部 欧州には自国の歴史に詳しい人が多い。フランスに行った時には、現地の人にシャルルドゴール空港の名前の由来や意味、当時の時代背景を交えながらひと通りの知識を伝える。すると相手は「お、意外と分かっているじゃないか」となる。

 

木暮 歴史とアイデンティティを結び付けて、相手の心証を勝ち取る。

磯部 英国に留学する際、面接官に進学先をフランスから変えた理由を話したことがありました。フランスの優れた面と弱点を挙げた後で「やっぱり英国には勝てないと思いますよ」と言ったら面接官はニコニコしていましたね。

 

木暮 相手に合わせて調子よく話すわけではない。数字に強いこともあって、自分の探求心をバランスよく満たすことができる。そこで持論を説くわけですから説得力が出ますね。

磯部 一定の根拠があることは相手に伝わっているのかな。英国に行かれる際は英語の学習も大切ですが、日本の歴史をもう一度勉強してみることですかね。

 

木暮 今後は積極的に情報発信もされていくそうですね。

磯部 差別化の一環です。会計士を含め弁護士や税理士など「士業」では機密情報を扱うのでサービスの質の違いを主張しづらい。内容は公開できないですから。仕事を任してもらえるか、で大事なのは信用や知名度です。当所は規模が小さいながらも、現地の有名な日本人向け媒体に広告を入れたり、雑誌の取材を受けたりして知名度アップに努めています。自分でもホームページを作ったり、コロナ禍でロックダウンしていた頃は英国在住の寺島周一さんとYouTubeをやっていました。自分のブログを開設して英国情報も載せています。今後はもっと会計のお悩み相談なども掲載していきたいですね。(おわり)

 

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