【第46回】「丁寧さが評価される」ブレケル・オスカルさん

さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストはスウェーデン出身の日本茶インストラクターとして活躍するブレケル・オスカルさんです。

 

 

 

 

木暮 初めて飲んだ日本茶には良い印象がなかったそうですね。

オスカル お茶の入れ方を知らずに紅茶用のティーポットで飲みましたが、全然おいしくなくて。これまで感じた苦味とも次元が違うし、何とも言えない青くささもある。スープでもない。愛飲しているという日本人の舌がおかしいのではないかと思ったほどです。日本茶を意識したのは、高校時代に日本についての本を読んだことがきっかけでした。行ってみるにはちょっと遠かったので、とりあえず、お茶を飲んでみようと。わが家は一般的なスウェーデン人の家庭としては珍しく紅茶を飲むことが多く、子どもの頃からお茶には慣れていました。英国にもアフタヌーンティーの文化がありますが、日本の茶道には数日前から炭を用意するといった作法があるのを知り、「お茶のためにわざわざここまでやるのか」と驚き、宗教とも異なる不思議な伝統文化であることも分かると、がぜん興味が湧きました。日本茶を売っている地元のお店で入れ方を聞いてみたところ「実はよく知らないので自分で頑張ってください」と言われました。丁寧な応対とは言えませんが素直ではありますよね。

 

木暮 海外への関心はご家族の影響もあったのですか。

オスカル 両親は英国のドラマやコメディをよく見ていたぐらいで、母は足が不自由だったこともあり、旅行は車いすで移動しやすいロンドンやパリといった欧州の大都市が中心。私は20代前半まで日本に来たことはありませんでした。子どもの頃から本や図鑑が好きで、世界国旗を覚えたりして海外への関心はありました。ただ「なぜ日本だったのか」は説明できません。日本文化に興味があったとしか言えないのです。

 

木暮 黒沢作品を見たのもその頃?

オスカル 私が生まれた頃は、ソニーやシャープの電化製品やテレビゲームなど日本のものが周りにたくさんありました。空手を習っていた友達もいました。歴史の授業をきっかけに、日本を意識するようになりました。当時の先進国だった西欧や米国と肩を並べるように極東の日本がいるのも不思議でした。社会が欧米と全く違ってとにかく面白い。映画で日本人がお辞儀や会釈をしているのを見て「同じ人間なのにこういうタイプもあるのだ」と衝撃を受け、とりこになっていった感じです。

 

木暮 来日してお茶の資格を取得し、文化の深い領域にまで入ってくると日本人に喜んでもらえると思うのですが、どんな印象を日本人について持ちましたか。

オスカル 上下関係があることですね。生まれ育ったスウェーデンとの大きな違いです。スウェーデンは大学の先生でも「あなた」と呼べます。例えば日本だと、ミーティングの時に提案したいことがあっても上司が反対するから言わないとか。人間関係も日本の場合は難しいように感じます。アイデアを出すこともハードルが高いかもしれません。日本の文化は方向が決まればスムーズに動く一方で、やや変化に対して弱い印象があります。例えば、キャッシュレスなどのデジタル化がようやく進んできてはいるものの、引っ越しをすると役所に出向いて紙の転居届を出さなければいけない。インターネット登録で済む技術があるはずなのに。もちろん良い面もあるのですけれど、ファクスもそうですね。スウェーデンは積極的にデジタルの新技術を取り入れるのですが、導入が早すぎると高齢者にとっては困る面もあります。日本政府の外郭団体で働いていた頃は、組織の動きがやや鈍いように思い、フラストレーションを感じる場面もありました。

 

 

 

 

 

木暮 新型コロナウイルスワクチンの予約に四苦八苦して、デジタル化の遅れを実感する日本人も多いはずです。

オスカル 日本については、ハードウェアは得意だけどソフトが弱いと感じます。ホームページの内容は満載なのですが、欲しい情報が見つけづらい。

木暮 その通りですね。システムを導入するときにも何でも載せがちです。捨てるのが下手なのかもしれません。

オスカル 日本のことをあまり知らない外国人から見ると、日本人はすごく真面目で日本は秩序が保たれている国だというイメージが強い。電車も時刻通りに運行します。だからと言って社会全てに秩序があるかというと違う。会社内でも部署によって進め方が異なるケースはざらです。国内もそう。もう少しシンプルなシステムを作れば良いとも思います。アニメやカラオケなど日本が生み出した良いものはたくさんあり、お茶も伝統文化も含めて日本のことは好きです。

 

木暮 複雑になり過ぎて統制が取れていない場面はありますね。景気が悪くなって会社が倒産したり解雇されてしまったりして、心の拠り所が分からなくなっている。リーダーシップが難しい時代です。米国のIT企業などはシンプルで明確なミッションを打ち出して、社員に対して進むべき方向を示す。

オスカル 日本の定期異動についても考えさせられました。日本茶の普及促進を目指す、とある組織で働いた時の話です。英語が堪能で仕事にも積極的に取り組む20代の若手社員がいました。海外との貿易で活躍し、後輩たちへノウハウを継承してくれるだろうと期待していたのですが、3年ほどで転勤になってしまいました。後任は英語が全くできない人でした。不正が起きないようなシステムであることは理解できますが、マイナスにもなることもあります。日本茶を海外にアピールする場合は、支援してくれる日本政府の窓口も重要です。仮に部署内でお茶の担当になっても、定期異動があるのが分かっていると、積極的に関連知識を勉強しないままルーティン化した業務をこなすだけで次に移っていく人も出てきます。私は同じ専門分野で活動しているので気付きを指摘できるのですが、その都度ゼロからスタートするのはあまり効率が良いとは言えません。

 

木暮 日本から現地法人の社長に赴任する場合も任期は5年ほど。トップが交代すると経営方針も変わり継続性が途絶える。必ずしも適任とは言えない人が後任としてやってくる場合も。

オスカル 本当にそうですよね。

時代の流れに合わせる

木暮 日本茶の選定に関して、原産地や地域、茶の種類にスポットを当てながらそれぞれのおいしさを伝えていらっしゃいますね。考え方が違っても1人1人とフェアに話す。丁寧に向き合われている姿勢は人とのコミュニケーションにも影響していますか。

オスカル 時代の流れで見ると、今はひとつひとつ丁寧にやっていく方が合っているのだと思います。高度経済成長期に現役だった方は、企業でとにかくたくさん作ることを目指した。1960~70年代、お茶の生産と消費は増えました。急須でお茶をいれることは戦後に広まった文化で、緑茶は高級品でした。一般の方でも買えるようになったのは経済成長の時期。今は成長市場ではなく経済がずっと停滞している。人口も増えずマーケットも大きくなりません。緑茶以外の選択肢はあるし人口は伸びない。そこで、日本茶の良さとは何かを考えなければいけないのが今の時代。ひとつひとつ丁寧にやる。個人のレベルで言えば、お茶の道に足を踏み入れたのはお茶が好きだったから。いろいろと味わいたいし、知識も深めたいです。

 

 

茶葉の選定をするオスカルさん=本人提供
茶葉の選定をするオスカルさん=本人提供

 

 

 

木暮 昔と比べて個性が出しやすくなり、生き方のチョイスが増えたのかもしれませんね。母校の大学生もいろいろな性格の子がいますが、就職すると国と人とをステレオタイプ的に決めつけて考えるようになってしまうのが不思議です。

オスカル 所属した組織の常識を世間の常識と勘違いしてしまうこともありますね。若手はまず組織について学ぶよう求められ、その組織のルールや方針に疑問をもたなくなりがちです。

 

木暮 国内市場は縮小していく流れです。お茶などの良い日本文化をもっと海外に広げたいですね。

オスカル 米国で12月に『A Beginner‘s Guide to Japanese Tea』を出版します。フランスでも本を出す予定ですし、来年は中国版も控えています。日本茶の専門家になろうと決意した時、世界で活動している人はほとんどいませんでした。日本茶インストラクターの有資格者は国内に4000人以上いるのですが、外国語で伝えられる人材はあまり育ってないのが現状です。私も学生時代はお茶を知るために日本語を理解する必要がありましたが、日本語を学習している間はお茶の勉強が進まないジレンマも味わいました。そうした経験を踏まえ私の本では、自分が勉強中に知りたかった専門的な内容も盛り込んでいます。誰もやらないなら自分でやればいい、ということですね。(おわり)

 

 

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