【第56回】「意見をありがたく聞く」室井麻希さん

さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」今回のゲストはスウェーデン発のアパレルブランド「へネス・アンド・マウリッツ(H&M)」でPRを担当する室井麻希さんです。

 

 

木暮 幼いころは国際貢献に関心があったそうですね。

室井 きっかけは小学校5年生の時です。留学生を迎えいれるホストファミリーに応募した縁で、ミャンマーの人が自宅にホームステイに来てくれたことがあったんです。彼女が軍事政権下にある母国のことを英語で熱心に話してくれたのが衝撃でした。両親が英語の辞書を引いてやりとりしているのを見て、外国に興味を持ち始めました。ミャンマーについて調べると、彼女が説明してくれた話が自分なりに理解できたんです。それ以来、国際協力の世界で働きたい一心。国連に就職しやすいかを基準にして進学先を選び、大学入学後も国際関係のゼミに入って勉強しました。

木暮 素直に感化されるタイプなんですね。

室井 おそらく「国連」という響きや職業という部分での憧れも強かったのだと思います。大学で国際関係のゼミを受講しているうちに「周りから浮いているのでは」と感じているようになりました。先生も友達も大好きだったのに、なぜか自分らしくない感覚が常にあって。思い余って進路を両親に相談したら「いちど社会に出てみれば」と勧められました。卒業後はひとまず広告代理店に就職したのですが、そちらの方が水を得た魚のようになれたんです。

木暮 国連には巨大な官僚機構というイメージもあります。大きな組織で働くよりも、ご自身にとっては良かったのでしょう。

室井 そうですね。今の職場も、自分たちで決定できる部分が多く、そのスピードもかなり速いです。また、年齢や経験に関係なく誰でも自由に意見を言える空気感があります。仮に大きな組織に入っていたとしても、根回しや長い時間をかけるプロセスは性に合わなかったかもしれないですね。

木暮 大学時代には留学も経験されているとか。

室井 カナダのウインザーという町で暮らしました。上京して入った学生寮のクラスメートの出身地です。入寮後に意気投合し「じゃあ次は私がカナダヘ」と彼女の郷里で勉強することにしたんです。留学前は大学の先生からかねて「マイノリティー(少数派)になりなさい」と言われていたので、カナダに行って1年間その立場を経験しました。滞在中は心の中で何度も日本人として、アジア人として悔しい思いをしながら自分で思考を重ねたことが、マイノリティーの気持ちを知るのがいかに大事かが分かりました。

木暮 日本だとマジョリティー(多数派)として行動しがちですからね。

室井 母校の国際基督教大(ICU)は、空気を読むのが当たり前の環境で育った学生の固定観念を取り払うことに力を入れていたようです。「自分の常識を疑え」や「すべての質問や発言は素晴らしいものだ」という考えを先生方に叩(たた)きこまれました。

木暮 どんな意見でも堂々と伝えることのすばらしさ、ですね。

室井 H&Mに入社した当初は、自分が意見する前に躊躇(ちゅうしょ)したり、発言の影響を考えてしまっていました。自分の発言で他の部署が困ったりしないか、など。でもそうすると真に正しい決断から離れてしまうということに気付いて、雑音を無視して発言することにしたのです。慣れるのにかなり時間を要しましたが。

木暮 社内で発言するのが重要なのはどうしてですか。

室井 より多様な考え方が、より良い結果をもたらすということを様々なところで実感しているので、自分だけではなくチームにも発言するように促しています。出てくる意見が多様であればあるほど、より優れた結果につながることが多いと感じています。チームのモチベーションも上がりますし。

木暮 PRは人との関係性をいかに良くしていくかだと聞きます。僕たちがやっているプロジェクトマネジメントという仕事もPRに似ているなと思います。

室井 多くの場合、スウェーデンからキャンペーン活動について指示が来るのですが、「光るポイント」は国ごとに違いますから、日本なりにどう発信するかを考えながら決めていくところにPRの面白さがあります。大型連休は日本だけの暦ですが、1年の中でも非常に重要な商戦期です。本国はその時期に日本主導でキャンペーンをやらせてくれる。グローバル企業でありながらそこがH&Mの良さかもしれないです。海外支社との連携やジェネレーションZと呼ばれる若者向けのキャンペーンを企画するときなどは、その年齢に近い同僚たちが大活躍します。万が一何かが起こった時に備えて、私は見守っているくらいの役目です。

木暮 フラットな組織を志向するスウェーデン企業ということも、意見が積極的に寄せられる理由のひとつかもしれないですね。

意見を伝える意味

木暮 当社はいつも風通しを良くしようと活動していますが、すでにH&Mのような大企業で実践されていると聞いて感銘を受けます。

室井 先日、H&Mのスウェーデン本国も参加して、あるキャンペーンのリモート撮影をしたのですが、彼らは相手に気を使いながら会話していないんです。もちろん敬意は払っていますが率直なんです。誰かに意見したいときは日本人ならできるだけ柔らかい日本語を使うものですが、そうした表現が一切なくて誰に対してもオープンでストレート。そこには参加者全員の「真意」があるだけ。作業の効率が良くて、本当に素晴らしいものができる現場を見て感動したんです。

木暮 いい話です。社内で言いたいことがある時は相手に直接フィードバック(当人に対する良い点や改善点を伝えること)をするように推奨したことがあるのですが、伝えられた内容を人間性が否定されたと感じてしまう人もいたり、なかなか難しかったんです。フィードバックの仕方自体を考えなくてはいけない、と反省しました。

室井 分かります。H&Mでは入社初日に「フィードバックはギフトです」と教わります。あなたがフィードバックをもらうことも他人にあげることも贈りもの、と認識するところからスタートする。フィードバックは仕事をする上で必要なことだから伝えているのであって、あなたの人間性を責めているのではない、と繰り返し教えられるんです。スウェーデンと違って日本ではフィードバックを個人攻撃と捉えてしまう人が多いからだと思います。仕事ができてないと落ち込んだり、自分を否定されているように感じないようにする、ということも説明され、どんな指摘でも「ありがとう」とまず受け止める。その上で内容に疑問がある場合は、相手に真意を確かめることができるように1日がかりでトレーニングを受けます。

木暮 素晴らしいですね。研修に参加したい。

室井 その場でフィードバックすることも重要です。時間がたってから掘り返したり人づてに聞いたりしない。会社が大切にするバリュー(価値観)の中に「straightforward(率直)である」という考えも含まれているんです。

木暮 米系のコンサル企業に勤めていた時、顧客にチームで事業提案した帰りのエレベーターホールでそのままフィードバック会が始まったんです。来日していた米国本社の重役も参加しました。そういうカルチャーは大事なんですね。

室井 フィードバックしないとすごく理由を聞かれるし、本人に直接伝えるのも大事です。日本人にとっては会社のこうしたバリューを実践するのは難しい場面もありますが、とにかく続けるのみです。また折に触れて、自分へのフィードバックも聞くようにしています。レビューの際にはチームに自分へのフィードバックを2つ以上、挙げるようにお願いしています。

 

仕事中の室井さん=本人提供
仕事中の室井さん=本人提供

 

木暮 僕は社内でフラットに言えるのが大事だと思っていながら、なかなか実現できなかった。室井さんは立派だなあと思います。

室井 H&Mには常に大切しているバリューが7つ(①ひとつのチーム②人を大切にする③起業家精神④確かな進歩⑤コストコンシャス⑥率直かつオープンマインド⑦いつもシンプルに)あり、採用活動でもそれらを持っているかが重要視されます。どんなに優秀な人でも、それがなければ不採用になりますし逆に言えば、そのバリューがあれば経験は不問、というポテンシャル採用的な部分もかなり多いです。もちろん特定の経験が必要なポジションもありますが、当社にはバリューを備えていることが必須なんです。世界のさまざまなカルチャーのいろんなバックグラウンドの人がいても、常に私たちはバリューに立ち戻ることができますし、上司は誰か?ではなく、判断軸として常に検証しやすくなるのが良い点かもしれないですね。

木暮 仲間とうまくいかなかったり行動が合わなかったりすると、周囲も当人も困ってしまいますものね。今後の目標やかなえたい夢はありますか。

室井 素晴らしい技術はあるのに社外に発信する方法が分からなかったり、情報発信に自信が持てない人が海外に進出するお手伝いがしたいです。それから、児童養護施設の子どもたちにクリスマスプレゼントを贈る「tetote(テトテ)」という取り組みを仲間と始めていて、3年以内に全都道府県に活動を広げたいと思っています。彼らが本当に欲しいものをプレゼントするんです。子どもとサンタさん(大人)のマッチングサービスなのですが、サンタさんを募ると一瞬のうちに支援が集まるのが日本の素晴らしさだと実感しますね。(おわり)

 

 

TOP