【第68回】「素早く対応する」柏田剛介さん

さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは九州を中心にアジア各国でリーガルサービスを展開する弁護士法人「明倫国際法律事務所」の東京事務所で代表を務める弁護士の柏田剛介さんです。

 

木暮 サッカー少年だったそうですね。

 

柏田 小学2年生から始めてプロ選手を目指していました。サッカーの才能があるのかを見極めようと続けていたのですが、中学生の県選抜メンバーにはどうしても選ばれない現実があった。幸い学校の勉強も多少できましたから「ここが潮時」と踏ん切りをつけ、勉学に身を入れ始めたのが中学3年の頃です。宮崎の田舎から出世して、世の中の役に立ちたいと思っていました。その頃、司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』に感化されて、坂本龍馬のようになりたいと。

木暮 熱い思いですね。僕は龍馬に憧れて高校の時に留学まで。

柏田 忘れられない一節に「死ぬ時は前を向いて死にたい」というのがありました。サッカーで芽が出なかったから勉強で頑張ることに切り替えて、それからは一生懸命に勉強しました。

木暮 日本の最高学府に。

柏田 入学してみると、それほど努力しないで入ってきている人も相当いたようでしたが、私は躍起になって勉強した口です。就職先としては国連や世界銀行といった国際機関も考えることはありました。ただ、中途採用も多いことが分かったので、弁護士になってから転身してもいいかなとも思いました。官僚を目指して頑張っている仲間が多かったですし、金融機関やメーカーなど伝統のある大企業に人気がありました。

木暮 東大で海外に目が向くようになる機会はありましたか。

柏田 工学部の先生が担当教官を務めるゼミに入り、バングラデシュの飲料水事情を調べる現地視察に同行しました。未舗装の道路をトラックで移動して、道なき道を数時間かけてたどり着いた村落では飲み水が簡単に手に入らない。人力で飲料水を確保するために、自転車を改良した装置を使って水をろ過する取り組みに参加しました。

木暮 かなり貴重な体験ですね。実際に行かれてみてどうでした?

柏田 インフラの違いを目の当たりにして驚きました。都市部では現地の大学を訪問したり、スラム街を見学させてもらったりしました。ただ「貧しくて不幸な場所」というイメージだったスラムには意外にもしっかりとしたコミュニティがあって、そこで暮らす子どもたちが楽しそうにしている様子を見ました。

木暮 インド出張で滞在したホテルの眼下に広がるスラムで、はだしの子どもたちが無邪気に走り回っていた光景を思い出しました。悲壮感は見られず、ただ、何とかしてあげたいなという気持ちにはなりました。

柏田 これまでの「スラムに住むかわいそうな人たち」というステレオタイプな見方と実際の光景に差があってショックでした。果たして自分たちと彼らのどちらがいま幸せなのかは、簡単には答えを出せない面もあると思いました。他方で、私たちが当たり前に確保できている飲み水などの問題で、多くの人が病気になるような状況は何としても解消しなければならないとも強く感じました。

木暮 行政官ではなく司法の道を目指したのは?

柏田 マイペースで仕事をするのが好きなので、組織で働く官僚は難しい面があるかなと思い、仕事の内容や分量をある程度コントロールできる弁護士業でいこうと。解決方法については依頼主の方と相談するわけですが、こう解決すべきだというのを自分の方針として決められる。そういう意味では選んで良かったと思っています。

木暮 弁護士資格を取得して現場に出てからはどうですか。

柏田 自分で解決できる醍醐味が味わえて面白いと感じたのが率直な感想です。もともと田舎育ちで、高校も自由な校風の学校でしたし、いろいろと面白そうなことにチャレンジしてきたことが影響しているのかもしれません。弁護士になってからも、あまり形にとらわれず現場に行って動いて解決するというスタイルを続けています。

木暮 新人時代に苦労されたことは?

柏田 業務に時間がかかって早朝まで仕事をしていたことです。判例を調べたりリスクを考えたりする作業は時間がかかるんです。多いときは同時に百件ぐらい抱えていました。家庭の面で妻には迷惑をかけました。

木暮 新たな事務所に移ってから、東京行きを志願されたとか?

柏田 上司と一緒に独立して福岡で弁護士事務所を作りました。東京にも進出した背景には家庭の事情がありました。お恥ずかしい話ですが、家庭を顧みない生活を送っていたので、それまで子育てを1人で頑張ってくれていた妻から「東京の生家から助けを借りないと身が持たない」と言われていたんです。事務所の代表に相談すると、東京に支店事務所を設立してはどうかと提案してもらいました。上京せざるを得ない状況が先にあったんです。

サービスの品質で勝負

木暮 東京での活動はどうですか。

柏田 リーズナブルな価格で総合的に専門的なビジネス法務を提供するのが当事務所の価値です。東京にも需要もあると考えて進出を決めました。何もない状態からクライアントを探し、信頼してもらって契約を取ったところから一歩一歩という感じでした。当初は敷居を低くして、ホームページ経由で来られる方からの依頼に一生懸命に取り組むことで顧客が増えてきたように感じます。東京のお客さまはビジネスライクな面が強いかなという気がします。福岡は顧客との関係に多少の義理人情がある。一緒に飲みに行くことも多く、地域カルチャーが違うなと思います。東京は「仕事で勝負」みたいな感じですから、いかに成果で感動させるかを意識します。

木暮 感動させるために大事な点は?

柏田 スピードはとても大事な要素です。加えて対応が丁寧だったり、助言の内容が適切かどうかにも気を付けています。東京のお客さまはサービス内容でシビアに品定めをしている印象が強い。その分、やりがいも感じますね。

木暮 現状をどう見ていますか。

柏田 事業はおかげさまで順調に来ています。企業法務が中心なのですが、その中でもニーズが強い印象のある知的財産や海外進出支援をアピールするのが次のステップだと思っています。

プロ同士の仕事

木暮 海外進出支援について教えてください。

柏田 進出する際に現地法人型にするか、代理店方式にするかといった相談や契約書のチェックや現地法の調査もします。それ以外には海外投資家から日本企業の法務チェックの依頼を受けたり、投資や資産管理の方法を考えたりもします。

 

 

 

 

木暮 多岐に渡ります。

柏田 そうですね。言葉が変わるだけで、やっていることは変わらないかなという感じです。福岡時代には担当していなかった国際分野にも携わるようになり、東京に来てからは何でもやっている状況ですね。その一環として海外に関する相談も手掛けるようになりました。

木暮 インドに事務所を構えたとき、法律や役人の考え方が日本とは違って苦労しました。

柏田 日本市場に参入するのは言語の問題が大半なんですが、海外に出て行く場合は進出先の法律を理解する必要があり、現地の弁護士との連携が不可欠です。信頼できる弁護士とのネットワークを作っておくだけでなく、返信の頻度などコミュニケーションの取り方にもコツがありますね。

木暮 信頼するパートナーを海外でどのように見つけるのですか。

柏田 同じ業界で働く人などから紹介してもらうケースがほとんどとはいえ、いったん一緒にやってみると仕事ぶりが分かってくる。それを国ごとにまとめてパートナーをリスト化する。信頼関係を築くのは大変ですが、いい仕事をする上では一番大事かなと思います。

木暮 コミュニケーションの問題は?

柏田 メールでのやりとりが中心ですから、素早く返信するのが信頼につながります。仕事がしやすいと相手に感じてもらうということが大事だと思っています。それに外国語ですので、要求は丁寧に説明し、経緯や背景も含めて伝えます。弁護士同士は相手が言わんとすることが分かる場面も多いように感じます。意外かもしれませんが、国によるカルチャーの違いを意識したり仕事のしづらさを感じたりすることは少ないんです。プロとして業務の内容が確立した職業だからかもしれませんね。

木暮 海外にまつわる業務で苦労した経験はありますか。

柏田 海を越えて揉めると大変ですよね。フィリピンからの技能実習生めぐる送り出し機関とのトラブルが大変でした。訴訟のスピードも違いますし、相手の社長が代わって誰が当事者かよく分からない状態になったりとか。

木暮 今後の展望は?

柏田 福岡事務所の方は、企業法務専門でやっている事務所が地域柄多くないこともあって、存在感のある事務所として一定の評価を受けていると思うのですが、東京の場合は、まだまだそういう状況にはありません。当事務所の設立理念である「中小企業の皆さま方に比較的リーズナブルな価格でしっかりとしたサービスを提供する」というコンセプトは、東京でも十分に受け入れられると考えていますので、そうしたサービスをぜひ広く知っていただき、評価される事務所にしていきたいですね。(おわり)

 

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