【第34回】「相手のルールを早く知る」杉窪章匡さん

さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは、高校中退後にパティシエの道に進み、日本の人気ベーカリーなどでシェフとして活躍し、現在は自然派のパンなどを販売する人気セレクトショップ「365日」や「ジュウニブンベーカリー」など8店舗を首都圏で展開するウルトラキッチン株式会社の杉窪章匡さんです。

 

 

木暮 フランスで修業されていますね。

杉窪 外から日本を見られ「日本人だけが変わっている」ということが分かりました。日本はルールや善行が強要されている印象があり違和感を覚えます。例えば自己犠牲のひとつである「サービス残業」は一長一短あるのですが、日本人は利用されていることに気付いていない。日本の強烈な同調圧力が嫌いで、学生の頃から闘ってきました。高校も2カ月で「クビ」になりましたし。

 

木暮 フランスはどうでした?

杉窪 「やっぱり違うじゃないか」と思いました。フランスは自由で驚くほど優秀な人がいる一方、「ピンからキリまで」の差も激しい。修行していたお菓子屋さんの厨房で「前日のクリスマスパーティーで疲れてうまく作れない」とパイを投げ捨てるスタッフがいました。三ツ星レストランを含め、その人が「いるべき場所にいる」と感じます。

 

木暮 人材が多様なのは米国も似ているかもしれません。

杉窪 日本は「美徳・義理・恩」など、人を縛ろうとする言葉が多い。世界ではお互いをそれほど気にしていません。お客さんがどんなに並んでいようと郵便局は定時でおしまい。まだ閉店前なのに窓口を閉めても「担当者が定時きっかりで帰るから」と問答無用です。

木暮 現地で何かを学びましたか。

杉窪 レジでは女性のところに並んで、順番が来たら満面の笑みであいさつします。そうしないと買ったものがぞんざいに扱われるからです。並ぶのは異性のレジ係の方が良い。気持ち良く買い物をするコツです。フランスの厨房では副料理長以下の相手には敬語を使わない。年齢は関係なし。面倒な年功序列もありません。

 

木暮 中間管理職は必要なし。

杉窪 弊社では長年、店舗責任者を設けていませんでした。店ごとに責任者を置かず、管理部門が責任者の仕事を可視化し「係制度」にしていました。

 

木暮 店舗経営やプロデュース業など活躍するのが「料理人」という枠に収まらない。

杉窪 先輩や人の言うことは聞かず、自分で結果を出してきました。自分で考えるくせがついているのだと思います。

 

木暮 納得感が欲しいのですね。海外で心地よく働くにはどうすればいいですか。

杉窪 相手の国を好きになることです。その国の人を好きになる。異性とのコミュニケーションも大事です。フランスであれば、フランス人女性を知ろうとすることでしょうね。

 

木暮 言葉の問題は?

杉窪 言葉はできなくても、実際の仕事ぶりでカバーしてきました。どこに行っても飲み込みが早く、同僚のフォローもしました。同じ失敗を繰り返すのは何も考えていないからだと思います。対策を考えるべきです。フランスの有名店で修業したいと思った時も、真正面から乗り込むのではなく、そこで働いている日本人スタッフと交渉して採用を勝ち取りました。名の知れた店なら日本人が先に修行しているはず。その人から信用されれば面倒を見てもらえ、店に置いてもらえる。フランス語ができなくても現地の店で働くことはできます。

 

木暮 戦略的。

杉窪 人間のベース(基本)は世界中どこでも同じです。違うのはルール。相手のルールを早く知ることが重要です。「自分のルールが世界のルール」ではない。元来そういう事が気になるタイプで、シンプルにしたり簡単に考えたりするのは得意です。自分が理解していれば、かみ砕いて教えられます。説明がぶれたり不確かな基準を出したりするのは、理解できていないということです。失敗を「個人」のせいにするのもよくありません。原因を究明するのは大切ですが、組織全体で分かち合うべきです。個人と組織にはそれぞれメリットとデメリットがありますね。個人の場合、成功した場合の報酬も大きいが失敗の打撃も大きい。一方、組織は利益を分配するわけですから、失敗も同じくカバーすべきです。

 

 

 

木暮 イシュー(問題)をマネジメントする。

杉窪 会社が人を育てる時代は終わったと感じ、社員研修はしていません。従業員を教育しても転職すれば組織には何も残らない。それよりも会社にマニュアルを残すほうがいい。「ゲーム」のルールは変わっているのだから違うやり方をすべきです。

木暮 製品のレシピや経営のノウハウを積極的に公開されています。

杉窪 情報を開示することで技術水準が上がるという「オープンイノベーション」の考え方です。おいしい食事が楽しめる場所として個人的に注目しているのはデンマーク・コペンハーゲンです。世界の一流レストランで腕を磨いた北欧の料理人が勉強会をして得た情報を開示しているからレベルが上がるのです。

 

木暮 オープンイノベーションはITの世界でも注目されています。

杉窪 「○○」ブームのように食べ物の人気が「マス(大衆)」の間で急上昇することもありますが、専門店の場合は特定のメニューが人気になる。レシピを忠実に再現するのとは違うと思います。ほとんどの人は「情報」を食べているのではないでしょうか。専門店以外のお店は「総合芸術」ですから、ディレクション(演出)できるかの方が重要です。

 

木暮 店構えも独創的。

杉窪 一見しても分からないパンを対面販売しているのも狙いです。一般的なサイズより小さな食パンにして正しい原価率で販売できるようにしたのも、食品を「アップデート」できた一例だと考えています。物事を見て問題点を探しながら、継続する部分も見つける作業です。

 

木暮 物事がうまくいかないのを相手のせいにしたり、聞き手に問題があると見なしたりする傾向が日本では強い。自分は周りと違う、ということを早くから知るのが大切です。

杉窪 日本人をマネジメントするのは世界一簡単ではないでしょうか。ひと言「みんなそうしてましたよ」で済みますよね。

木暮 議論を戦わせることに抵抗感がある日本人は多い。

杉窪 フランスでは給料をアップしてほしい時は声を上げて訴え、経営者からの要望に応えて昇給を勝ち取る。シンプルです。黙っていれば現状に満足していると思われる。

木暮 日本の製造業に元気がなくなっているようです。提唱されているように日本のパンが世界を席巻すると楽しい。

杉窪 世代交代ができたのは私が革命を起こしたベーカリー業界だけです。「ゲームチェンジ」しない限り、現状は変わらないかもしれません。そのためには年功序列といった制度を変えなければいけないでしょうね。(おわり)

 

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