さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは消費財メーカーに入社したのち自動車業界に転職。独系企業グループの金融商品や新規事業開発などを手掛け、現在は大手自動車企業「三菱自動車」のDX関連部門で活躍されている岩本修さんです。
木暮 海外への転勤は?
岩本 全くありません。家族は海外とは無縁の生活を送ってきました。ただ、私は外資系企業に就職したり今もグローバルに展開するプロジェクトに携わったりしていますから不思議ですね。
木暮 英語もお上手です。
岩本 実はすごく苦手意識があります。前職は外資系企業に勤めましたが、同僚は日本人ばかりでしたので、欧州出張で使うぐらいで。経験が多いとは言えないんです。
木暮 必ずしも海外に行かなくても英語を使えるようになるということですね。
岩本 英語の成績はたいしたことはなかったのですが、漠然とした海外への憧れみたいなものはあり、大学に進学してからは外交官になろうと勉強を始めたりもしたこともありました。
木暮 外交官に興味があったのは?
岩本 海外の方とのやり取りや外交にすごく興味があったんです。それまでの背景も住んでいる場所も文化も違う人たちが話し合ったり、交渉したりして問題を解決するというプロセスが面白くてかっこいいなと。
木暮 それに近いことを今もされている気がします。開発を海外の業者に委託したり、外国の関係者との折衝にも携わっておられますから。その仕事も意外と奥が深い。
岩本 そうですね。自分の原点は「営業マン」なのかもしれないと思っているんです。経歴としては企画畑が多いのですが、なぜかいつも相談・調整役になっている。人とコミュニケーションをとりながら物事を進めていったり、企画に共感してくれる人を集めたり、巻き込んだりして一緒に動かしていくというのが性に合っている気がします。
木暮 仲間を集めて行動するのは昔からですか。
岩本 基本的には1人で作曲したり自宅でコツコツやるのが好きなタイプなんです。自分のやりたい世界があるのですが、それを実現する段階では、いろんな人を巻き込む必要があることに気付いていきました。
木暮 自ら企画して発信する志向をお持ちだったんですね。
岩本 いえいえ、確たるビジョンがあったわけでもなく、当時を振り返ってみると、いろんな企画を考えたり、何か提案したりするのはすごく好きなんだと分かっただけですよ。
アイデアを商品に
木暮 自動車企業グループの金融会社で二酸化炭素(CO2)削減をサービスとして商品化されたそうですね。
岩本 差別化が難しく、金利での勝負になりがちな金融サービスに何か付加価値を提供できないかと模索していたころ、CO2の排出削減をほかの分野での排出と相殺する「カーボンオフセット」という仕組みの存在を知りました。
木暮 カーボンオフセット?
岩本 よくある例で言うと、緑化プロジェクトに参加することでCO2を削減し、商品から出てしまうCO2と相殺するという仕組みです。排出権取引を扱う仲介業者に問い合わせて詳細は煮詰めていきました。自動車からは二酸化炭素が出る。それをオフセットするための仕組みを車のローンに組み込むことで環境に負荷をかけずにカーライフを楽しんでいただくというコンセプトで「カーボンオフセット付き残価保証型ローン」を業界で初めて導入しました。
木暮 ドイツ本社からも評価されたとか。
岩本 各国からの革新的なサービスを競うコンテストで知らないうちにノミネートされていました。カーボンオフセットした量も当時の日本では最大規模だった点も評価されたようです。各国のベストプラクティス収集やノウハウの共有がドイツ本国でシステム化されている点が個人的には素晴らしいと思いました。
木暮 音楽家の坂本龍一氏とのコラボレーションも。
岩本 坂本さんが当時、企業やメディアとのコラボに参画されるのは珍しかったそうですが、環境保全に力を入れていらっしゃる方でしたので、アウディのカーボンオフセットへの取り組みにも共感して頂いたようです。コンサートで出るCO2の排出をアウディがカーボンオフセットの仕組みでサポートするという取り組みにもつながりました。本当にゼロから自分で考えて立ち上げた企画だったので、これまでで一番面白かったプロジェクトのひとつと言えるかもしれません。
木暮 カーシェアリングの商品化も手掛けられたことがあるそうですね。
岩本 今でこそ一般的になりましたが、当時はまだカーシェアという言葉もあまり知られていませんでした。このサービスでは売り手側の理屈を見直しました。クルマを買う前の試乗は、ディーラーのセールスマンが横に座っていて堅苦しいし、時間も限られていて監視されている感じもある。自分の好きな時間に、例えば夜に気軽にドライブしてみるとか、購入前提抜きに、もっと気になるクルマを楽しんでもらえるような体験が提供できないかと思ったときに、無人で貸し渡しができる仕組みがあるといいなと。この企画は大手不動産会社と一緒にやりましたが社内の有志4人とワイワイやったので仕事という意識はあまり無かったですね。
木暮 アイデアを立案して働き掛けしていますね。
岩本 ぱっと思いついたものでも、ひとまずどこかに聞いてみるとか、そういうことで動き出した案件は多いですね。
木暮 働き掛けながら仕事を動かすのは素晴らしいですね。難しい面はありますか。
岩本 あります。関係者に話を通すためのステップが多いときや社内調整はそれなりに必要ですね。面倒になって投げ出したくなったり、途中で挫折するケースもありました。
木暮 全員が同じ思いで動くとも限りませんし、企業の規模が大きいと勝手に動けない。
岩本 難しいところですね。キーパーソンに1人でもサポーターができれば動きやすくなります。当時所属していた会社は社長に直接話せる機会も多く、直談判もできる環境にありました。
木暮 外国出身の方がいる職場も初めて経験されたそうですね。
岩本 恥ずかしながら、社内で当たり前のように英語が飛び交う環境というのに当初は戸惑いがありました。物事が決まるスピード感も速いなと思いました。会社の規模がそれほど大きくなかったこともありますが、経営陣が参加する会議であれば、そこで決裁をもらえばすぐに実行となります。稟議書も1枚のみ。企画会議は相当な緊張感で、役員に見てもらえるのはエグゼクティブサマリー(事業概要)だけです。当時の社長からは「シンプルに表現されていない資料は見ない。企画をひと言で説明できないなら目を通さない」とくぎを刺されました。
木暮 要所を意識する。
岩本 いろんなことを詰め込んでも相手に伝わらなければ意味がない。できる限り分かりやすいメッセージへ可視化することを心掛けます。
木暮 きれいに作るだけではない。
岩本 要素をそぎ落とすと結果的にきれいになります。社長はプレゼンテーション資料を披露するときには息継ぎの場所まで気を配っていました。
木暮 いいお話ですね。
岩本 そぎ落とすまでの工程では相手が社長といえども意見がぶつかることもあります。昔の私は割とおとなしく、意見を控えるタイプだったのですが、根拠のある主張はすべきだと思い直しました。メンタル的にはきつい工程でもありましたが。
木暮 そぎ落とす、という考え方は海外ビジネスで使えそうですね。
岩本 海外こそ、そうでしょうね。言葉の壁が出てくる場合もあるからです。英語がそれほど達者ではないときに頼りになるのは、伝えたいメッセージやその内容を補完してくれるドキュメントですから、すごく意識します。資料作りでは手を抜かずに自分の代弁者となってくれるスライドを1ページでもいいので準備します。思いが込められていて、かつ分かりやすいドキュメントでこちらが誠実に話をすると、相手も共鳴してくれますよね。
木暮 考え抜かれた単語を使っている人の言葉は伝わります。
岩本 分かりやすい英語だとメッセージが明確です。アウディ在籍時に同僚のプレゼンのうまさに衝撃を受けました。資料も書き込まれておらずシンプル。グローバルで仕事をした経験がある人は伝わりやすく説明する印象があります。
木暮 相手に伝えるために意識していることはありますか。
岩本 どういうアクションを起こしてもらいたいかを事前にシミュレーションすることです。そのためには、自分の思いと相手の気持ちとのギャップを上手くつかむことです。相手は何を大切にしているのか、価値観を見極める。
木暮 相手の「スイッチ」を探す。内容が伝わっていないと気付いたら?
岩本 伝えたいコンセプトが複雑すぎるということ。シンプルにそぎ落とされていないわけです。相手との知識も違いますから伝えていくときのレベルを調整しなければいけません。自分が考えている当たり前のレベルを相手が理解してくれないから、そこでコミュニケーションを閉じてしまうのはもったいないです。
木暮 今後はどんなことをされたいですか。
岩本 青臭いようですが、仕事とは別の場所で自分のスキルを世の中に役立ててみたいです。寄付などの取り組みは社会人になってから継続的に実施していますが、自分の手で社会起業してでも世の中を動かす仕組み作りにもっと直接的にチャレンジしてみたいですね。(おわり)