【第41回】「人生を楽しむ“絶対的価値観”を」小川貴一郎さん

さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは、20年以上務めた大手企業を退職し芸術家に転身、絵画だけでなく、誰もが知るメゾンブランドや、五つ星ホテルなど、海外でのコラボレーションでも注目を集める小川貴一郎さんです。(写真はいずれも本人提供)

 

 

木暮 20年以上の企業勤めからアーティストの道に進まれたそうですね。

小川 僕にとっては「元に戻った」だけなんです。子どもの頃から絵を描くことや芸術が好き。自分の世界を大切にしていました。ところが当時は「良い大学、良い会社」「個性より点数」という環境にいたので少なからずその影響は受けました。大学では上下関係のはっきりした体育会系のクラブに入っていましたし、就職後も仕事の成果の棒グラフが張り出され「自分が全体の何番目」なのか意識するような環境でした。仕事はやりがいがあって楽しかったのですが、業績や結果に対する精神的なプレッシャーは相当ありましたね。

木暮 20年間もされていた仕事をスパッと辞めたのはどうしてですか。

小川 プライベートでも仕事でもいろいろとあって、自分の人生を見つめ直したんです。本当はもっとクリエイティブに生きたいのに、敷かれた「レール」に乗っていたことに気づきました。抑え込んでいた違和感が爆発して「もう好きに生きよう」と吹っ切れました。

木暮 そこでご自身の心に素直になれたわけですね。

小川 会社から指名されて インテリア・デザインの業界が主催するイベントを運営していたのも一因です。自分のやりたいことができて、交友関係も広がる中で、本業よりもウェイトが高くなっていました。イベントで知り合った仲間たちとは心でコネクトできていると感じられ「会社を辞めてもなんとかなるだろう」と。

木暮 結果的に運営メンバーに選ばれて良かったです。レールを降りたとはいえ、お金の心配はなかったのですか。

小川 退職後、有り難いことに周囲の人たちからリノベーションの依頼やデザインの声がかかり、経済的には問題なかったです。ですが、よく考えたら会社勤めの時とやってる事は変わっていなかった。40代半ばから芸術家を目指すことに対して「プロ野球選手になるようなもの」とからかう人もいましたが、妻だけは「早くもっと作品を作らないとね」と言ってくれたんです。それから建築関係の依頼は全て断りました。不思議なもので、腹をくくると芸術分野の仕事が来ました。

木暮 初仕事が海外案件で、5つ星ホテルのアートワークだったとか。

小川 人とのつながりです。とあるスイス人のキュレーターから相談があったんです。台湾に建設予定のマリオットホテルのアートが難航していたらしく、海外のデザインチームからのOKがなかなか出ないので、プレゼンテーションに協力してほしいとのことでした。ホテルの目の前に蒋介石の妻である宋美齢が愛したとされる立派な庭園があったので、アートワークのコンセプトを「蒋介石の部屋」にして提案をしたところ、今まで半年以上も決まらなかった話が3日で決着しました。

木暮 会社勤めの経験が発揮されたのでしょうね。

小川 クリエイティブというものは、相手が何を望んでいるか、提案することで見た人の気持ちがワクワクして、前向きになるように考えることが求められます。良い作品を作ることで結果が出るというものではない。納期やコストといった地に足が着いた部分もすべてを含めて提案を着地させる。会社勤めの頃にやっていたことと通じますね。

木暮 レールに乗ったのも無駄じゃなかった。

小川 素晴らしい作家は大勢います。僕よりも圧倒的に素晴らしい作品を生み出す人もたくさんいます。ですが、いい作品を作ってさえいればいいという訳でもありません。作品を家の空間に添えることで暮らしが豊かになるわけですし、作品自体非常に重要な要素ですが、覚悟を持って表現者として生きていく生きざまこそが作品という意識を常に持っています。

 

制作中の一こま
制作中の一こま

 

木暮 「ワクワク」や「前向き」は好きな言葉です。私もコンサルティングでは「こうすると面白くなりませんか」と提案するようにしています。

小川 極端に言うと、1億円の絵画でも材料費は1万円ほど。残りは「自分の価値」です。いくらで売るかは自由。自分に値段を付ける覚悟を決めて、常に自分と闘いながら「十字架を背負う」わけです。

木暮 価値と金額の関係は悩ましいですよね。実際の契約金額を知ったとたんプレッシャーでつぶれてしまうコンサルタントもいます。自分の価値を見つけるのは意外と難しい。特に1人で仕事をされているわけですし。モチベーションでもあるがシビアな世界。プロ野球選手以上かもしれない。経験できないところを泳いでいる感覚です。

小川 極端に言えば、人の価値観は相対的なものです。給料がより多いとか良い高級車とかブランド品を持っているとか。SNS(会員制交流サイト)が自慢の応酬になってしまうこともあります。人生を楽しむために大事なのは「絶対的価値観」だと思っています。基準は自分が幸せかどうか。絶対的価値観があれば人生がどんどん楽しくなる。他人の評価も気にならなくなり、嫉妬もなくなり人の成功を素直に良かったと思える。他人が鼻で笑おうが「自分は500万円の絵描きだ」という誇りを持っていると、そのうち作品を500万円で買ってくれる人が現れる。自分の「ステージ」も上がる。特に子どもの頃から付き合いのある仲間たちは、会社を辞めて芸術家になった僕の行動に納得してくれているようです。

木暮 そこが小川さんの本質だったと知っていたんですね。

小川 例えば、就職後に知り合った人たちは芸術の道を選んだ僕のことを紹介するときに「元々は大手企業に勤めていた人」という。一方で過去の経歴を知らずに僕と出会う人は、はじめから芸術家として見てくれる。入り方が違うだけで見方が全く違うんです。それと、社会人になってからの私しか知らない人からは、今の私を見て「変わったね」と言われることが多いですが、幼少期を知る人からは「元に戻ったね」と言われることが多いです。

 

制作中の小川さん
制作中の小川さん

 

木暮 ご自身の意志と周りの目と自分の価値と。お話が聞けてとてもハッピーです。昨秋から拠点をパリに移されていますが、活動は日本の時と違いますか。

小川 やること自体は何も変わっていません。あえて言えば海外の方が本質的な部分がストレート。無駄な会話をする必要がないような気がします。こちらで初の個展を開く際に大企業のトップを招待しようとしたのですが、当初は「共感してもらえると嬉しい」のようなアプローチをとろうとしていたんです。ところが間に入ってる人がいて、その人には「スポンサーになってもらいたいのか、次の仕事が欲しいのか気持ちをはっきり伝える」ようにくぎを刺されました。下心を隠した日本的な巧みな言い方は良くない。気持ちをぶつけてみて相手がOKするかどうか。交渉がうまくいかなくてもお互いの関係に悪影響が出ることはありません。悪いイメージを持たれないのでやりやすいんです。

木暮 やりやすい?

小川 ダメだったら次、ですし、彼らはビジネスとプライベートを完全に分けて考えていますね。

木暮 パリという異国で自分の良さを伝えるコミュケーションの難しさもあるでしょう?

小川 そこは日本とは違いますね。就労ビザの取得には現地の画廊との契約が必須なんですが、たまたま飛び込んだパリのギャラリーのオーナーは僕のポートフォリオ(作品集)に目もくれない。必死にこちらの思いをアピールしましたが、興味がなさそうな様子。あきらめて引き揚げようとしたらオーナーから「ところでウイスキーは好きか?」と聞かれ、酒盛りが始まりました。フランス語はできないし、アートの話もほとんどしませんでした。ですが、2時間ほど楽しく飲んでそろそろ帰ろうとすると、オーナーは「さて、個展はいつにしようか」と。

木暮 ええ!?

小川 こんなこともありました。フランスに来て初めて私の作品を買って下さった方は、ある日たまたま食事をしていたら突然「あなたのフランスでの最初の顧客になりたい」と言って高額な絵をオーダーして下さいました。

小川さんの作品
小川さんの作品

木暮 通り一遍じゃない。人を見ているんですね。

小川 その人の持つバイブス(波動)のようなものを見ているように思えます。そういう人たちとの時間を大切にしたいですね。

木暮 素敵な生き方ですね。

小川 本当に毎日が楽しくて。

木暮 海外でのコミュケーションで心がけていることは?

小川 コミュニケーションと言えるかはわかりませんが、とにかく自分流のスタイルをちゃんと持つことです。あとは暮らしを楽しむこと。フランスに来たのも日本よりももっと暮らしを楽しみたくて。アトリエに好きな絵を飾ったり、招待したゲストのことを想像しながら準備したりするのが楽しい。このような事は一見関係のないようなことに思えますが、実は非常にコミュニケーションとして重要な要素だと思います。ここ数年強く感じていることがあります。無意識の重要性です。今まで何かをするにあたって、目標を決めたことってほとんど達成できていません。目標を決めるということは、いつまでに何をやって…という義務のようなものが発生する。つまりやりたいと思うことではなく、やらなくてはならないことになるんです。逆に、無意識に思い描いてきたことは、大抵実現できていると思います。やりたいことをやり続けていると、自分の中からいいバイブスのようなものが出るんでしょうね。200年続いた「土の時代」が終わり、これからの200年は「風の時代」に入るそうです。土の時代は不動産やお金が重要視されてきましたが、風の時代ではその人の持つバイブスが重視されるそうです。今はパンデミックです。ウィルスのせいにして世の中に対して不平不満ばかり言い続けている人は、やがて土に還っていくのではないでしょうか。逆に時代に合わせ自分の価値観を変えていくことのできる人は、風に乗って遠くまで飛んでいける。僕は遠くに飛んでいける人たちと一緒にいたいです。

木暮 嬉しそうなお顔です。

小川 コロナで世界中が止まっていた昨秋に渡仏したのもタイミングとして良かった。いきなりトップスピードでは活動できませんでしたから。今はやっと走行車線に合流した感じです。

木暮 私と同じぐらいスーパー・ポジティブですね。次の挑戦や目標は?

小川 挑戦や目標というわけではないですが、例えばコンコルド広場に僕と同じ絵描きを1万人集めて、共通の社会問題をテーマにしたライブペイントをしてみたいです。きっとエキサイティングだし、描いた絵をシャンゼリゼ通りに10メートル間隔で飾るとか。個展にマクロン大統領が来てくれるのも刺激的ですね。(おわり)

 

 

 

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